RSS

【プチ展示】『微生物の狩人』より        微生物のいちばん初めの発見者          アントニー・レーウェンフック

06 4月

アントニー・レーウェンフック 1632-1723

微生物学の父―自作の顕微鏡で微生物を発見

レーウェンフック

1623年10月24日オランダ デルフト生まれ(同時代のオランダにはフェルメール、スピノザがいます)。 16歳でアムステルダムに行き6年間織物商店の店に奉公し、その後デルフトに戻って織物店を開きました。織物商という仕事柄、繊維を調べるためにレンズを使っていました。

レーウェンフックは自分でレンズを磨き金属も自分で精製し小さな顕微鏡を作りました。単眼式で検体を支持台に載せて観察するものです。鯨の筋肉繊維、ミツバチの針、自分の皮膚の屑、髪の毛、植物、牛の眼球の水晶体、ヒツジやビーバーや角シカの毛、ハエの脳髄、ノミの針、シラミの足、樹木の断片などあらゆるものを観察しました。

そしてついに雨滴の中に動き回る小さないきものを発見しました。レーウェンフックは”animalcules”と名付けました。

レーウェンフックは王立協会(Royal  Society)へ論文ではなく手紙で顕微鏡で見たものを報告しました。この手紙はオランダ語から英訳されました。その中でいちばん有名な手紙は口内の細菌を発見したLetter39(1683年)です。下の図が細菌です。

画

しかし、彼は細菌を病気の原因だとは思いつかなかったのです。

レーウェンフックは非常に疑り深く他人に顕微鏡に持たせようとしませんでした。王立協会からの懇願にも関わらずまた顕微鏡の作り方も決して教えようとはしませんでした。彼の死後、微生物に関する研究は次第に下火になりました。

レーウェンフックの細菌の発見から微生物を捕まえるには、ルイ・パスツールの自然発生の否定(1861年)やロベルト・コッホが特定の病原菌が特定の病気を発症させるのをつきとめたコッホの3原則(1881年)を待たなければなりません。

R0012328

微生物の狩人岩波文庫

http://dentlib.nihon-u.ac.jp/opac/opac_details/?lang=0&amode=11&bibid=1000072746&srvce=1

今回の展示はこの本をもとにしています。

またRoyal Soceityへのレーウェンフックの手紙は日本大学が契約しているデータベース

JSTOR-CSPで閲覧できます。↓

http://www.jstor.org/stable/102057?Search=yes&resultItemClick=true&searchText=Leewenhoeck&searchText=teeth&searchUri=%2Faction%2FdoBasicSearch%3Ffc%3Doff%26amp%3Bhp%3D25%26amp%3Bso%3Drel%26amp%3BQuery%3DLeewenhoeck%25E3%2580%2580teeth%26amp%3Bwc%3Doff%26amp%3Bprq%3DLeewenhoeck%26amp%3Bacc%3Don&seq=1#page_scan_tab_contents

どうぞレーウェンフックの展示をご覧ください。   担当:寺田

 

 

広告
 
コメントする

投稿者: : 2017年4月6日 投稿先 展示

 

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

 
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。